下山事件についての何冊か

このエントリーは私にとって、2009年の総括かも知れません。 2009年(実際には2008年の終わりくらいから)は夏くらいまで断続的にこれらの本を読み、読み終わった後、どうエントリーを書いたらいいのかわからず、そのうち考えもせずに放置したものです。 どちらかというと忌々しい、この事件のフォロワーは。

ちなみに下山事件とは、Wikipediaから引用しますってぇと、

下山事件(しもやまじけん)とは、連合国の占領下にあった1949年(昭和24年)7月5日朝、日本国有鉄道初代総裁・下山定則(しもやま さだのり)が出勤途中に失踪、翌日未明に死体となって発見された事件。
事件発生直後からマスコミでは自殺説・他殺説が入り乱れ、警察は公式の捜査結果を発表することなく捜査を打ち切った。下山事件から約1ヵ月の間に国鉄に関連した三鷹事件、松川事件が相次いで発生し、三事件を合わせて国鉄三大ミステリー事件とよばれる。

戦後すぐの事件。 勿論私なんざ産まれてもおりませんし、うちの父だって東京に出てくる前の事であります(小学生とかだった筈)。 ただし、私は足立区の梅島出身で、ワークフィールドは島根から南でありまして・・・。

そうそう、以下の書籍は全て他殺説を採っていますが、私は別にどっちだとしてもいい派です。

最初に読んだのが不幸にもこれ。

下山事件。昭和24年7月5日、日本橋三越から忽然と姿を消した初代国鉄総裁下山定則が、翌日未明常磐線の線路上で轢断死体となって発見された。自殺か? 他殺か?戦後最大の怪事件の謎は、50年後のいまも解かれぬまま、関係者は鬼籍に入っていく—ある人物から得た重大な新情報。著者の迷宮への彷徨が始まっ た。生き残った関係者を探し、その記憶を辿る。真実はどこにあるのか。

こんなに大層な内容ではありません。 下山事件をネタにどうやって自分の仕事に結びつけようか頑張るも、なんだかんだで全然結実せず、最後に本にはなりそうなんで書きました的な内容。 降って湧いたような資料や証言に軽率に振り回されて苦悩するさまは見苦しく、そういった意味でのドキュメンタリーとしては秀逸ながらも、下山事件を知る切っ掛けとしては極端な感想が得られるのではないでしょうか。 即ち、この著者の不甲斐なさが(読者である自らの)下山事件を掘り下げる所以となる。 またはこの本での気持ち悪くドロドロした人間関係を下山事件に投影してしまい、事件に興味を失ってしまう。

私は前者だった。

一九四九年七月五日。初代国鉄総裁の下山定則が出勤途中に消息を絶った。その後、下山は線路上で轢死体で発見される。自殺か!?他殺か!?明確な結論が出ないまま半世紀がすぎた頃、ある驚くべき新情報がもたらされた。戦後史最大の謎「下山事件」に挑む、力作ノンフィクション。

森達也の取材の過程で週刊朝日に連載した折の記者が著者で、その後森とは袂を分かつのであり(というか森が孤立無援になってしまう)まして、その後の独自取材の結果がこれ。 海外取材を主に行い、貴重な資料を残した・・・そうなんですけど、一読者としては別にどうでもいい感じ。 それよりも「以下に大変な取材活動であったか」が強調されていて白けてしまいます。 こう自己顕示欲の強さが全面に出ちゃうのが森版に近いのが興味深い。

確かに下山事件に「挑んだ」のかも知れませんけど、挑んだ結果がどうであったのかはあやふやなままでした。

「私の祖父は、実行犯なのか?」昭和24年7月6日、初代国鉄総裁下山定則(しもやまさだの り)が轢(れき)死体で発見された。戦後史最大の謎「下山事件」である。戦時中は陸軍、戦後はGHQの特務機関員だった祖父。彼が在籍した「亜細亜(あじ あ)産業」に蝟集(いしゅう)する政財界人、日米諜報員の実態を親族、特務機関長の生々しい証言をもとに暴(あば)く第一級のドキュメント。新たな取材、 情報を加筆した完全版!

上記2冊の元ネタというか、新情報として取材のきっかけになったのがこの著者の(親族の)証言であり、最近の下山事件関連の著作では一番力の入ったものだと言えそうです。 が、これは額面通りに受け取って良いものなんだろうかという基本的な部分での疑問が起きてしまってしょうがない。 アマゾンでのレビューの様なふらついた内容修正もしかりですし、肝心の矢板玄をYと称したり、どう読んでも田中清玄であろう人間を×某としたり。

読了後に不満を感じるんですよね。 真に受けて読んでしまったからなのか。 ノンフィクションっぽいフィクションな門型りだと割り切らなかった私が責められるべきなのか、と。

連合軍占領下の昭和二四年七月六日、午前零時二〇分頃。東京郊外、常磐線下りレール上で一人の中年男性が、列車に轢断された。初代国鉄総裁、下山定則氏で あった。当時国鉄は十万人規模の首切りの最中であり、総裁の死は「戦後最大の謎」と言われた。本書は、当時新聞記者だった著者が、徹底した取材を積み重 ね、その謎の真実を追究した第一級のドキュメントである。

んで最後に読んだのがこれ。 他殺説の底本的存在。 上記3冊も相当な部分でこれからの引用転用を行って、自説を固めている印象がありました。 実はこれだけ読めば取り敢えず良かったのではないかと思ったり思わなかったり。 んで最近のって事で冗談半分に柴田本を読めばいいのかな、っていうところなのかな。

ところで最初の方でも書きました通り、私は足立区の出身で、最初にアパートを借りたのが足立1丁目でした。 勤務先の広尾に電車で行くのであれば、五反野よりも小菅の方が1駅分近いという事もあり、花火大会以外では全然混まないと評判の小菅駅を頻りに利用したものであります。 土手の道路沿いに小菅駅まで行くのが通勤では常套だったんですけど、休みの時はまず小菅駅なんか行かず、五反野だの綾瀬だのに行くわけです。 つまり、事件現場のあたりとか普通に自転車こいでたりしてまして、当時の写真なんか見ますとうすぼんやりと地形がわかってしまったりとか、比較的最近の写真とか見ると笑ってしまったり(わかりすぎて)である程。

そういえば下山事件の事を父に訊くことはなかったです。 そんなん、訊くような事でもありませんでしたけど、今更訊く話でもありませんしね、当時もっと注意していれば良かったのにと後悔するところです。

このエントリーを書いたことでもう下山事件の事でどうこう思う事も無いだろうのと同じように、五反野だ小菅だ綾瀬だなんていう思い出も思い返さなくていいんじゃないかなぁと思ってます。 そういう意味合いでの総括でもあったから、読了後こんなに先延ばしにしていたのかも知れないですねぇ。