村の奇譚 里の遺風(筒井功)

怪談より怖ろしいものやこと。こんな怖ろしいものや出来事、習俗の名残り、跡かたがまだ日本各地にいろいろ残っている。生涯を民俗の探索・研究についやす著者が、その折々に見聞き体験した「奇譚」を、ここに選りすぐって全十三話紹介する。

あとがきにもあるとおり、当初は別の出版社からの刊行予定であったものが紆余曲折あって毎度おなじみ河出書房新社からの出版になったという。 こまいことはあとがきを読んでいただくとして、本編も読んでいただくとして。

怖ろしいとは思うけど、怪談とはちょっとベクトルが違うような気もするけど。 あと、おもしろおかしく書いているものではないので。

マタギや風呂、産屋、安倍晴明の墓(木曽にもあったとは!)、犬神など、いや犬神についてはなんとなく予想はできたにせよ、風呂なんていうものにねぇ、こんなことはあったなんてねぇ、っていう感じなんですが、それよりなによりサンカについて、というかサンカに近い人々についてのルポに見入って(読み入って)しまいました。 文盲なので地域としてどこに居たかを看板や標識などから読み取れないという、そのことだけでも私としては衝撃的でありました(浅草と浅草橋は場所的に違うよ、みたいな)。


忘れられた日本の村(筒井功)

著者の著作を集中的に読もうと画策しているところですが、実際問題時間がとれず遅読状態。

狩猟とアイヌ語のマタギ村、出雲の阿国の「綾子舞い」を伝える北陸の芸能村、天皇の即位に麻の礼服を貢納し続ける山奥の村…限界集落など、長い歴史の残る、七つの不思議な村の探訪紀行。宮本常一「忘れられた日本人」を今に引き継ぐ民俗誌。

なんなら「忘れられた日本人」を先に読んでおくのであったと後悔しつつも、こっちはこっちでたいへん興味深く読みました。 アイヌ語と朝鮮語のくだりなんかも舐めるように読んでしまったところながら、タイミング的にはやはり麁服(あらたえ)についてなのかな。

大嘗祭で献上、麁服に使う麻の種まき 桜満開の徳島で

https://www.asahi.com/articles/ASM493DJDM49PUTB007.html

大嘗祭の麁服(あらたえ)調進準備 三木信夫さん
(語る ひと・まち・産業)阿波忌部直系 徳島の麻文化再興訴え

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO40029440V10C19A1962M00/

大嘗祭で着る麻の衣服。 それがどういうわけか徳島県の美馬市というえらいところで作られるというんですよ。 なんかすごいな日本、てなわけです。


Count Me Out (Moonkyte)

イギリスのバンド Moonkyte、1971年の唯一作。 フォークっぽさが強く、アシッド・フォークからフォーク・ロックまでの間をゆらゆらしている感じで、なにしろ静かなサイケデリック。 ハーモニウムやインド楽器が出てきて「おなじみの!」感があるし、深いエコーのコーラスで「待ってました!」感がある、と。 唯一作ということもあるんでしょうけれど、アングラなんですよね、雰囲気が。

Tapestry Girl という曲は半音で上がったり下がったりの不気味感が初期のPink Floyd(というか Syd Barrett)であり、続く Bridge Song でそのまま雰囲気を持ち越してやたら薄気味悪いというね。


Helen 12 Trees (Carmine Mariano)

Carmine Mariano というサックス奏者をあまり気にしてこなかった。 というのもその音楽以外の話ばっかりで食傷気味になってしまい、どれから聴けばいいのかわからないというよりも調べるのも面倒だという境地に達してしまったからではありました。

が、これがいい。 Helen 12 Trees というのか、Reflections、あるいは Mirror がいいと教えてもらい、じゃぁってんで最初のを聴いてみた次第でございます。

そもそも Carmine Mariano というサックス奏者はジャズ畑の人だそうで、ここで聴けるのはジャズというよりフュージョンともいえ、特筆すべきはなかなかサックスの音が出てこないという、むしろ他の人のソロが目立ってしまい、かつリズム隊はタイトで特にベースなんかはえらいグルーヴであります。 これが他のアルバムであると延々とサックスの音(ソロ)が鳴るのであり、それはそれでいいんですけど、こっちのアルバムのこの意表の突き方はどうだろう。

ちなみに前述の食傷気味の話を蒸し返してしまいますと、氏の最初の奥さんがあの穐吉敏子・・・というより Tomoko Akiyoshi と表記したほうが通じると思う・・・であり、その間に生まれたのがあのMonday満ちるなのだそうな。


ロッキング・オンの時代(橘川幸夫)

ロックがいちばん熱かった時代の記録
70年代と今をつなぐメディア創刊物語

1972年、渋谷陽一、橘川幸夫、岩谷宏、松村雄策の4人の創刊メンバーでスタートした「ロッキング・オン」。レコード会社側からの一方通行の情報を伝えるファンクラブ的音楽雑誌と一線を画し、リスナーがミュージシャンと対等の立場で批評するスタンスで支持を集め、いまや音楽雑誌の一大潮流となった「ロッキング・オン」は、いかなる場から生まれたのか。創刊メンバーの一人である橘川幸夫が、創刊の時期から約十年の歩みを振り返るクロニクル。
ロックがいちばん熱かった時代、70年代カウンターカルチャーの息吹を伝えるノンフィクション。

おそらく誌上での著者の原稿を読んだことはないと思うし、あの岩谷宏(私にとってはJAVAの人)のそれも同じであるのは、1980年代前半に離脱したからだそうで私自身はROをその直後くらいに読み始めたからにほかならない。 それにしても一時期はよく読んだもので、rockin’onもそうだしROCKIN’ON JAPANもそうだしなにしろ本屋で買ってきちゃぁ家に引きこもって一字一句漏らさず読み耽ったものだけれど、今から思えば若さゆえ、であります。 どういうパワーなんだろう、って。 だがしかし、突如として読まなくなったものでして、なんかこういった雑誌で語られるロック(洋邦問わず)に幻滅みたいなものを感じ、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いではありませんが雑誌も読まなくなったといったところであります。 ただ、雑誌というものそのものを読まなくなったのではなく、例えばフルメとか、例えば夜想とかの、オーバーグラウンドじゃない方向に舵を切ったのだろうと今から思えばそうなんですよね。 若いなぁ。

ということなんで、私の知らない創刊時のROならびに著者周辺の問わず語りを読むのは新鮮であり、大変興味深く読了したところであります。