VMWare Fusion で Photoshop が遅い

結論から書くと、VMware Fusion 7.0 Professional リリースノートに解決策が書いてあった。

OS X 仮想マシン内で実行されていると、Adobe Photoshop の一部の UI 要素が正常に表示されない場合がある。 
回避策:仮想マシンのビデオ ドライバのアクセラレーションを無効にすれば解決できます。実行するには、仮想マシン内の「ターミナル」アプリケーションを開き、次のコマンドを入力します。 
sudo nvram boot-args=’vmw_gfx_caps=0′ 
Enter キーを押して、仮想マシンの管理パスワードを入力します。次に、仮想マシンを再起動します。

https://www.vmware.com/jp/support/support-resources/pubs/fusion_pubs/fusion-70-release-notes.html

きたる macOS 10.15 Catalina では32ビットアプリケーションが起動しないとのことで、Adobe製品であればCCを使えばいいんですけど、そうじゃないんだCS6が使いやすいんだこれを使いたいんだという場合、そもそもインストーラーからして起動しないもんであきまへん、ということになります。

ただ、Catalina上で起動している仮想環境にインストールすれば、その仮想環境が32ビットアプリケーションの起動を許可しているような古めのシステムであるならば大丈夫だよという話。

この場合、ホストはなんでもいいだろうというか、今から(ベータである)Catalinaできっちり構築するのはどうかと思うし、そもそもCC使えばいい話をそのためだけにあれこれするっていうのは徒労だろうということで(本エントリーは8/24に記しました。公開時にもしかしたらCatalinaが正式リリースされているかもしれません)、Mojave上で検証してみました。

ホスト:Mac mini (Late 2012)
ホストのシステム:macOS Mojave 10.14.6
仮想環境:VMWare Fusion 11.1.1
クライアントのシステム:Mac OS X 10.9.5(メモリ割り当て8GB)

普通に普通にCS6までのインストールは、ばっちりな対応環境であるし、SSD上に仮想環境のディスクを置いてあることもあって、快適そのものであります。 しかしながら、Photoshopが激重であります。 こう、なんというか、なにかしらのアクションの後、いったんアクティブを解除しないと描画反映されない感じ。 全然使い物になりません。

そこで、そのクライアントのシステム、ここではMac OS X 10.9.5でありますが、そこのターミナルを起動して、

sudo nvram boot-args=’vmw_gfx_caps=0′ 

そしてそのままクライアントのシステムを再起動すると、見違えるような、っっっっっっっっていうか本来のきびきびとした動きになり、使い物になるという次第です。 ビデオドライバのアクセラレーションを無効にすると解決する、って、なんというかまぁ。


Inner Dialogue (Inner Dialogue)

The brainchild of celebrated composer / songwriter Gene DiNovi, this trio were championed by Raquel Welch. Their classic debut was originally issued in May 1969, and has been compared to the work of sunshine pop legends such as the Free Design and Eternity’s Children. It makes its long-overdue CD debut here.

サンシャインポップ・・・Free Design とか Eternity’s Children とか(両方とも個々でエントリー書いたなぁ)みたいな。 確かにその傾向は強い。 ぐぅの音も出なくなってしもうた。

そもそもに Gene DiNovi というジャズ畑のピアニスト(まだ存命!)が現状を打開すべく結成したポップバンドなので、そっちの傾向も強い。 ボーカルは女性二人で Lynn Dolin Mann と、あの(!)B.J. Ward なんですよね。 B.J. Ward といえば幻の傑作ソロが最近再発されるとかされないとか(未聴)なんですけど、この二人のボーカル、コーラスワークを駆使してどうこうというタイプじゃなく、とりあえず二人で歌ってみました的な展開なんですよね。 ここを力いっぱい踏み込んでみると見事なソフトロックになるのでしょうけれど、力いっぱい踏み込まなくてもサンシャインポップなソフトロックにはなっているのですごいもんだ。 このアルバムは Inner Dialogue の1st(1969年)で、この他に Friend というタイトルの2ndを1970年にリリースしていて、そちらはちょっとソフトロック感が薄れ、なんか拡散した印象があるけど名盤。


Let Me Be Your Lover (Patterson Twins)

なんといってもジャケットで身が引けてしまうこのアルバムは1978年にマイナーレーベルからリリースされたとのことで、レビューにあるとおり知る人ぞ知る1枚だったそうで、こうやってCD化(2013年)されることで私のような一般人の耳にもされるようになったのであり。

Discogsによると2006年にもう1枚出しているっていうことだけど、世間には他にも何枚かリリースされていて、それがなんなのか、完全な別作品なのかなんかのコンピなのかアウトテイク集なのか、調べもしませんけどたぶん聴かないでしょうので放置するとしても。

Patterson Twins というのは文字通りパターソン兄弟(Estus と Patterson)のデュオでありまして、このミシシッピ生まれのゴキゲンな二人は作詞作曲はしないでただ歌うだけということらしく、そのせいかいろんなタイプのソウルを歌います。 アルバムタイトルになっている Let Me Be Your Lover や Gonna Find A True Love のようなアッパーなサルソウル風のディスコだったり、フィーリーソウルだったり、ぐんにゃりした黒くて粘っこいソウルだったり。

Gonna Find A True Love よりも Let Me Be Your Lover のほうがいいなぁ

なにしろどれも良い曲なんですよね。 ボーカルもすてき。

モダン・ソウル最高峰として君臨する名曲「Gonna Find A True Love」を収録した究極のソウル・レア盤が遂にリイシュー実現!サザン・ソウルで培ったディープな歌声とモダンでメロウなレイト70sサウンドが絶妙に絡み合う名盤! 70年代初期にKING/RONN/MALACOといったレーベルからリリースしたシングルがサザン・ソウル・ファンに高い人気を誇るソウル・デュオ、パターソン・ツインズ。彼らが78年にマイナーのCOMMERCIALからリリースした唯一のアルバム。そのレアっぷりに、長い間、知る人ぞ知るといった存在だった本作。ディープに歌いあげるそのサザン・ソウル・スタイルと、その妖しげなジャケットが謎めいた雰囲気を醸し出していた。その評価が急激に上昇したのはケブ・ダージが選曲したモダン・ソウル・コンピレーション『SOUL SPECTRUM VOL.2』に、本作収録の「Gonna Find A True Love」が収録されてから。1999年のことである。瞬く間にモダン・ソウル最高峰、究極のソウル・レア盤として君臨するアルバムとなった。各方面からリイシュー切望の声が止まなかった、まさに禁断のリイシューが実現! 冒頭「Let Me Be Your Lover」威勢のよいアップで幕を開けると、70年代初期のサザン・ソウル・スタイルとは一線を画すのアーバン・メロウなスロウ・ナンバー「He’s A Loser」で泣かせる。続く「How Long Must The Show Go On」は美しいメロディに導かれるコーラス入りグループ仕立てのスロウ・ナンバー。そして究極のモダン・ソウル「Gonna Find A True Love」で煽られ、ファンク・ナンバー「Funk Machine」へと続く。そして再びスロウ・ナンバー「You Give Me Someone To Love」で泪を誘う。しかし、やはり凄いのはアルバム全編で歌い込む、その類稀なヴォーカルの素晴らしさであります。二人で駆け上ってゆくかのような夢心地のディープ・ヴォーカルは絶品。


差別と弾圧の事件史(筒井功)

前に時代小説の中で、吉原は傀儡子が由来だという大胆な説を取り入れるのを読んで、そういえば山窩も機嫌は傀儡子だという説を唱えた人がいたなぁと思い出し、著者の最新作を読んでみたのでありました。 それがこれ。

被差別民を中心に差別を受けた十三の事件の真相を追う。的ヶ浜事件、福田村売薬商殺し、洞村移住強要事件、オール・ロマンス事件など

なぜ「洞」集落は父祖の地を追われなければならなかったのか。なぜ香川県から出てきた薬の行商人たちは惨殺されねばならなかったのか。歴史上、差別と被差別にかかわる十二の事件を検証する。

私は足立区生まれなので以下略。 それにししてもあとがきの(文中「これら」とは差別と弾圧に関わる事件を指す)、

書きおわってみて、これらを引き起こしたのは、単なる差別意識というより群集心理ではなかったかとの思いが強く残った。

我が国の昔を点検するよりも、お隣の国の現在なんかを見れば群衆意識の恐ろしさはわかるというものです。 私自身、傀儡子であったり山窩であったりの差別についてが発端でこの書籍を読み始めたんですけれど、それよりもおぞましい(被差別の人々をおぞましいといってるのではありません)この「群集心理」というものにぶち当たってしまい、正直困惑しています。

にしても、いろんな差別があった、と。 それをまずは知り直したかったところです。 上記のとおりで被差別部落だったり朝鮮人差別だったりは日常であったわけですけれど、アイヌであったり山窩であったりというのはよくは知らなかった。

著者の他の著作も読んでみます。


iPhone SE のバッテリーを交換

え?iPhone SEなんて持っていないでしょ?って話なんですが、そうなんです買いました。 4インチの端末はこれまでにiPhone5だの5Sだの持っていたんですけど、バッテリーも交換したんですけどいかんせん使えなくなってしまい、じゃぁってんで現在のところ・・・ちなみにこのエントリーを書いているのは8/13でして、ちょうど1ヶ月前になるのかな・・・最新の4インチ端末であるSEを買ったのであります。 1万ちょっとでした、中古価格で。

そりゃさすがに描画バリバリの処理をさせると悲しいものはありますけど、そうじゃなく、普段遣いであればもうじゅうぶんなんですよね。 小さくて使いやすいし。 私はこれまで仕事の関係で一番大きい画面サイズのを買ってきたんですが、なんでかっていうと仕事の関係の他に、老眼だからっていうのがありまして、いやというかそう言い聞かせてきたのでもありますけれど、実際問題画面サイズはあんまり関係ないんですよね。 どうせ裸眼で見る(メガネ外して見る)し。

ということでSEも仕事の関係で買ったものですが、バッテリーがへばってるので交換することにしました。

82%だってのを新品のバッテリーに換えて100%にしようって案件でぃす

1000円ちょっとで換えられるんであれば換えるんですよね。 でもますます老眼で大変。 とはいえ、なんとか交換。 Android機に刺さったままのSIMカードをこっちに刺して、なんとなくダークモードにして起動! バッテリーチェック!

なんでだ?容量が変わらない。 一度放電させればいいのかな。

追記:いったんバッテリーを使い切って少々放置し、100%まで充電してから最大容量を確認するも、82%のままでした。 もしかしたらある程度の時間経過で再計測になるのかな。