携帯電話買った

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携帯電話というかスマホだ。 スマホっていうかSIM入れてないから電話できないからスマや、スマんこった。 とかそんなこんなでAndroid端末を買いました。 HUAWEIのP8 liteという安いやつを。

私はiOSな人間でありましたし、特段iOS端末以外のを使いたいとも思っていなかったんですけど、諸事情によりAndroidはどうだって話になりまして、じゃぁ何はともあれSIMフリーのをSIMなしで、とりあえず実機触ってみてあーこりゃこりゃ、じゃね?↑ってことになりまして、もう買った。 買ったって話なんですよ。 えっと・・・数日前に届いて。 おとといだったかな。 届いてもう奥さん、使い倒していますよ(電話機能以外を)。

なにせWi-Fi頼みの環境だもんで、AirMac Expressとどうしても繋がらないてめーこのやろどうしてくれんだバーカバーカみんな死ね死ね死ね!っていう小一時間を除けば、結局繋がったもんで(仕事場の普通のアクセスポイントとはあっけなく繋がった)あれこれアプリをダウンロードしてインストールしてますよ。 あ、最初にインストールしたのはAvastです。

とりあえずAndroidの流儀に慣れないとってことで、いったんiOSのことは忘れて格闘したもんですよ。 やーAndroid 5.0 Lollipopさん、いいですよ(っていうかEMUIがいいのかな?)。 端末もそこそこに速い・・・のかどうなのか相対的にはわかんない・・・からなのか、いろいろがサクサクで、UI / UX的にも全然問題ないっす。 iOS端末みたいにホームボタンがないんだったら、端末の液晶画面よりも下部分のこれはもっと狭くていいんじゃないか?とか、「戻る」ボタンってこれすごいなとか、そもそもこの「ナビゲーションバー」っていいんだかわるいんだか今ひとつわからないんですよね。 常にこのナビバーがあるせいで、あとステータスバーっていうか通知領域って呼ぶんですか?を差し引いた状態が、全画面じゃないアプリケーションの表示領域になるわけで・・・いや、ナビバーは常に表示されるのか。 そうじゃなければ「戻る」以外の「ホーム」や「マルチタスク」にアクセスできなくなって困ったことになるじゃんね。 やーやーやー(あすか)。

でもまぁ、これはAndroidなんだからいいんだよね。 っていうかLollipopよりも前の、あのベタっと押しつぶされたような大昔のOSみたい・・・Amigaのアイコンみたいに横長な・・・ボタンデザインじゃなくてよかった、Lollipopインストールな端末にしてよかったと思った吉宗であった。

それよりなによりつらいのは、ステータスバーをタップすることで一番上に自動スクロール、っていうiOSでは当たり前だった機能がAndroidにはない事。 ソフトウェアキーボードよりもなによりも(こっちはなんとかなった)、scrollsToTopがないのがつらい。 さんざんばらスクロールしといて、さも当然のごとくステータスバーをタップして「あれ!?」ってなること1日数回なんですよあたしゃ。

まぁねぇ、それでもこれも慣れるかもしれないねぇ。 いいですよAndroid。 格安SIMを挿そうかな。

Mac mini EFI ファームウェア・アップデート 1.8

https://support.apple.com/kb/DL1828?locale=ja_JP

This update is recommended for Mac mini (late 2012) models. This update addresses an issue that may prevent a USB keyboard from being recognized after the system wakes from sleep.

このアップデートは、Mac mini (Late 2012) 機種に推奨されます。このアップデートでは、システムのスリープ解除後に USB キーボードが認識されなくなる問題が解決されます。

うちの環境では、キーボードからのスリープ解除が認識されないという問題があるんだけど、もしかしたらこのアップデートで解決されちゃうんじゃないかと期待を込めて…

葛飾物語

かつて下町の路地で肩寄せ合って暮らした三軒長屋の面々が、それぞれの悲しみと別れを乗り越え、今年もまた、春野家の当主の命日に集う―暗雲たちこめる戦時下から、戦後四十年余りを経た平成の初めまで、時代の奔流の中で逞しく生きた庶民の「昭和」を描く長篇小説。

「昭和か!」とつっこみを入れてそれが成立するのも、昭和が遠いものになって、昭和じゃなくなってから産まれた子がはやアラサーに肉薄するしないのレベルに達してるからだと振り返る時に、すごくやな感じがする。

とはいえ昭和が悪いんじゃなくて、あくまでも昭和に生きた若いころの自分自身が嫌いなだけであり、また翻ると、平成になってからだって当時の自分自身が好きになったかというとそんなことはないのであり…なんていう、ややこしい自己嫌悪があったりなかったりです。

この作品には思う存分昭和が封じ込められており、読み進めるにつれて滲み出してきてしょうがない。 年代(時代)をタバコの銘柄で示すのがなんともさり気なくて著者らしいけど、それよりも「著者らしい」と思うのが、会話、特に女性の話し言葉であります。

「あら、その着物、仕立て直しちゃうの…」

・・・特に女性に限ったことじゃなかったか。 話し言葉全般かもしれない。 この著者の書く、話し言葉がどうにも好きなんだよね。

ラブ・ゼネレーション / ぼくは本屋のおやじさん

とあるところでつぶやいたのだけれども、「30年前に読みたかった」と思って。

早川義夫という人を、このブログを読むような人が知らないわけがないと思うんですけど(知らなかったら・・・めっ!)、かいつまんで言うと、男性。

かいつまみすぎ。

グループサウンズの極北に位置したジャックスというバンドのボーカルで、ジャックスというバンドについては前にどっかに書いたおぼえがあるし、もうなくなっちゃってたらまた書くけど、情念が渦巻く呪いのようなボーカルで、ときに絶叫しちゃったりなんかして、すごいんだ。 すごくロック、しかも私が好みなサイケ風味で。

そのジャックスは1969年(私が生まれたとし)に解散して、それからURLレコードで裏方さんを経て、なんと本屋さんになっちゃったという、すごい経歴の持ち主。 そしてまた歌手として復活して、本屋さんは閉めちゃったとか。

ジャックスが再評価されたのは、たしかソリッドレコードから「からっぽの世界」が発売(というか再発というか、なんというか)されたころか、また、「定本ジャックス」が発売された・・・双方ともに1986年のことだったそうで、私は高校生で。 確か前者は買った覚えがあります。 買って、家に帰ってすぐ聴いてみて、あまりの衝撃にひっくり返っちゃったっていうね。

そんなころ、「城南のどっかで本屋さんをやってるらしい」という噂が流れて。 城南って、その噂によりけりで大田区だったり川崎だったりなんだけど、なんかの雑誌の投書に・・・昔はインターネットがなかったから、すごく噂の流れ方が噂っぽかったんです・・・「早川書店に行ったら早川義夫がいた。」みたいな、今から考えると牧歌的な、でも当時は衝撃的なのがあって、うわーすごーい!って思ったんだよ高校生の私は、だ。

本屋さんになる前のが「ラブ・ゼレーション」で、本屋さんになってからは「ぼくは本屋のおやじさん」。 本屋さんになってからは音楽活動は一切行わず、後者にも音楽的な事は一切書いていない(前のレコード屋の流す音楽の音量ででかい云々、っていう程度)。 前者は色々なところに寄稿した文章をまとめたもので、基本的には音楽のこと、ジャックスのこと、ソロの事、裏方の事、ほかのミュージシャンの事・・・。

通底しているのは、あからさまな正直さである。 気持ちのままに書いている風に見受けられ、異様に性格の悪い人なんじゃないかと、ちょっと精神的にどうなのか、幼いのかもっと別のなんなのか、って。 これらの文章が今、ブログかなんかにリアルタイムで載ったら、もう即効で炎上だぜ、って。

これも若さなんだろうねぇ。

ホドロフスキーのDUNE

1975年、アレハンドロ・ホドロフスキー46歳(映画監督)、ミシェル・セドゥー28歳(映画プロデューサー)という2人の男は荒唐無稽で壮大な映画を企画した。撮影を前に頓挫したその作品は、「映画化不可能」と言われた小説、フランク・ハーバートの「DUNE」を原作に、そうそうたる面子をキャスト・スタッフに配し、莫大な予算と、12時間にも及ぶ上映時間を予定していたという。本作は、この“映画史上最も有名な実現しなかった映画”と言われ伝説となったホドロフスキー版『DUNE』の顛末と、ホドロフスキー、プロデューサーのミシェル・セドゥー、ギーガー、レフン監督等のインタビュー、膨大なデザイン画や絵コンテなどの資料で綴る、驚愕、爆笑、感涙のドキュメンタリーである。

存在しない映画。 撮影直前で頓挫してしまった映画の企画。 監督はホドロフスキー、あのホドロフスキー。 そのホドロフスキーが企画した、「DUNE」をベースに独自の解釈を加え、信じられないような豪華なキャストとスタッフを揃え(集め)、やたらと長い上映時間を予定していたらしい・・・ので映画会社の許可がおりず、脚本と絵コンテ(これがあるから映画は撮れるという)が残り、「戦士」達の活躍が果たされたホドロフスキーの「DUNE」。 そのありさまを伝えるドキュメンタリーであります。 原作知らなくても大丈夫。 そもそもこれはホドロフスキーのDUNEだし、おおまかな解説はしてくれますから。

このドキュメンタリーのおかげでプロデューサーのミシェル・セドゥーと再会でき、資金提供を通じて「リアリティのダンス」が制作される、というその後のエピソードがあるものの、ドキュメンタリー自体はホドロフスキーの芸術家としての始まりから始まり、映画制作とミシェル・セドゥーとの出会い、そしてDUNEの映画化という企画の始まりへと進みます。 これがドキュメンタリーのキモ。 すごく面白い。 知らない人でもじゅうぶん楽しめます。

DUNEが、DUNEの映画化の企画が頓挫したことが何を残したのか、というエピソードを経て、ドキュメンタリーは終わるんですけど、特典映像でもたーくさんフォローしてくれてるんで、そっちも全部観たほうがいいよ。

ところで年表を見ると、「DUNE」の頓挫のあと、子供向けに制作されたという「TUSK」があって、「聖なる血」があって、「The Rainbow Thief」があって。 「TUSK」と「The Rainbow Thief」がDVD化されていないんですよね。

アレがアレなんだけど、普通の映画で全然ホドロフスキーじゃなくてガッカリするんだそうな。