浅草迄(北野武)

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 著者から読者へ

 ここに載っている「足立区島根町」「浅草迄」は、俺が生まれ育っていく過程を思い出しながら書いた私小説です。
 これまでこれまであちこちで喋(しゃべ)ってきた話もあるけれど、思い出しながら書くと別の風景っていうか、覚えていたはずのあの時の親や兄弟、友達の声や表情が、「こうだったんだっけ?」と感じ方まで違ってくるのが面白い。
 回想がただの「思い出」や「記憶の記録」にならないのは、小説だからこそかもしれない。自分のことを書くのは恥ずかしいことだけれど、小説にすることで自分が、違う世界を生きた「もうひとりの俺」になるっていうのは発見だよね。
 時代ってもんは、物価や社会の流行(はや)り廃(すた)りがあるけれども、俺や家族も含めて、「人間」って変わらないんだなってところが面白いと思う。学歴とか格差とか将来への焦りとか、親の愛情とかもね。
 オマケの随想「浅草商店街」は、浅草時代に俺が出会った面白い店や人のことを書き下ろしたんだけど、これだけは「あの時」だけしか存在しなかったバカバカしいことばっかり書いてある。
 まあ、小説も含めて、どれを切っても俺の頭の中の「絵」を「文字」にしていったわけで、笑ったり呆れたり、ちょっと昔懐かしくなったり、読んでみてくれるだけで有難いです!

 2020年9月  北野武

https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309029214/

足立区のサイトで語られていた「最近はますます「足立愛」が昂(こう)じちゃって、今年『足立区島根町』っていうタイトルの小説を出版する予定なのよ。」というのがまさしこれだったのだと今更ながらに知るも、小説なので巻末にも「この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。」とあり、そりゃそうだと思いながらも複雑な思いを持ちながら読んだのは、私が足立区島根育ちで高校は足立高校、明治大学に進むもすぐに行かなくなるという、バカみたいな話ですけどシンパシーすら感じてしまう著者の物語に興味があったから。

小説というかエッセイのような軽いタッチの語り口なんですぐさま読み終えるものですが、内容としては様々な、ほんとうに様々なところで語られもし、基本的には「ハイ!」とかがベースになるんだろうけれどもまとまったかたちで書籍になるのは非常に意義のあることなのかななどと、そこまで評価するかい?っていうくらいに評価しちゃうのは、例えばこれが葛飾区立石とかだったらまったくもってそういうことはないのであります。

著者と私はふたまわりくらい違うので、「足立区島根町」というのは私が産まれた数年前には「足立区島根」となるくらいに違う。 中でも語られている環状七号線は、しかも日光街道と交差するところに作られた象徴とも言える梅島陸橋は私が産まれた年に使用開始となっているし、その前後では相当に風景も違ったことでしょう。 そういう私だって長野県に移住して20年以上経つんで、「え?目黒エンペラーなくなったの!?」くらいの話であります。 だから正直申し上げれば著者が語るように「ちょっと懐かしく」なりたくて読んだにすぎないんです。

だってそうそうないよ、世に島根の話なんて。 あと、そんなにはないよ、島根町のエピソードは。