書籍

花嫁化鳥―日本呪術紀行

風葬大神、鯨の墓など、寺山修司好みの呪術的素材を探索する風変りな旅は、日本人とは何だろう、という問いを深めると同時に、寺山修司を貫いていた主題を明確にしめす、最良の入門書である。

約1ヶ月ぶりのご無沙汰で(おまっとさん!で)、これまでに何をして・・・つって、これまでも更新が途絶えたことは少なくなかったと思うのでいっか。 毎日忙しくやってます。 先週来風邪を引き、治ったかと思うも一昨日から再発してしまい、喉が切れそうなくらいに痛いのであります。 体温は低くなりました。 タバコがおいしくないです。

それはさておき今度引越しをするんで、持ってる本(蔵書というほどではない)を先々月くらいには荷造りしてしまい、引っ越しをするまでの間のつなぎっていうことで数冊の文庫を脱衣所に積んでおいたのであります。 わたしゃ基本的には半身浴を朝一番にしますんで、その時に読書をしますんで、っていうか最近はこの時間帯にしか読書をする時間がない。 「読書をする」時間を「取らなければ」ならない昨今なんですよね。

不思議な事に、子供が産まれてから(その直前に引っ越しをしていた)今度の引っ越しをするまでの間、文庫本はさておき、CDも書籍もほとんど買っていないのでありました。 そもそも、そんなそんなで買い足さなくても、積んであって読まない聴かないアイテムがかなりあるので、それをこの6年で消化していたのかも知れないです。

風呂場というのはやはり特殊な空間で、こと読書する場としてみると、見事に世間から外れるともうしますか、非現実な場面なんですよ。 だもんで、細切れに本を読んでましても、次のターンで前のターンをすぐに取り戻せるんですよ。 これがコタツに潜ってなんていう状況だと、数ページ戻らないと話の筋が思い出せなくなってしまったりね、しますんですね。

寺山修司の、自身の作品というのを読んだのはもしかしたらこれが初めてかも知れない。 上にあるとおり「寺山修司を貫いていた主題を明確にしめす、最良の入門書」と言えると、読了してから感じたものです。

だから、お風呂と寺山修司は、いささか強引ではございますが同じだ (と)

日本呪術紀行とありますけど、そんなにダークなもんではなく、雑誌「旅」に連載していたもんでありまして、あー連載は1973年1月号からなんで、まだうちの妻が産まれていないじゃないのっていう話ですよ奥さん。

この当時でもまだ日本は呪術的な側面があったのか、といいますよりも、寺山修司がもう半ば寝技レベルのテクニックで日本を怪しくしちゃってるんですよ。 無論、書かれていることの半分は事実なんでしょうけど、間違いなくその残り半分は寺山修司による虚構なんだと、そう信じて、そう信じることで満足感にひたることができもし、読み終わって気がついても『まだかくれていたのかい』などとは言われない、あぁ現実に戻ったと、更にはお風呂場におりますもんですからさぁ洗髪して風呂出て仕事でもすっぺか、という次第なのではありますよ。

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