渋谷音楽図鑑(牧村 憲一、藤井 丈司、柴 那典)

渋谷にはそんなには行かなかった。 初めて行ったのは高校生の時か。 もちろんレコード(CD)を買いに行ったのではあったけれど、住んでいるところからは遠いっていうのと、理由はもう一つある。

私はどちらかと言えば新宿派。 スクーターで行くとなると新宿くらいがちょうどよく、その先の渋谷っていうと帰りが面倒くさくなるし、行き慣れた新宿であれば、どこにどんなレコード屋があるか把握しているので、サクっと巡回できちゃうって話だ。 渋谷は正直、大きな店はさておき、私が好きな小さな店がどこにあるのか最後まで把握できなかったもんじゃよ。 っていうか渋谷に行くんだったら明大前に行くとか、どうせ東武伊勢崎線経由なんで日比谷線で六本木(のWAVE)に行けばいいし、あるいはまた楽器屋を冷やかしながら御茶ノ水(のdisk union)に行くので、いよいよ渋谷が遠い。

だけど、本書は非常に興味深く読了した。 正直言えば第五章は除く。 というのも、私自身は渋谷系というものに一般レベル以上の興味は持てなかったし、当時は思いっきりジャーマン・ロック大好き人間であったし、邦楽を聴くとしたらフィッシュマンズだったんで、もしこの本が渋谷「系」音楽図鑑だったら手にも取らなかったであろう。

“渋谷には3つの坂がある。公園通り、道玄坂、宮益坂。その坂と川、谷が時代の主役です。流れ込む、蓄積する、淀む、噴き出す。これこそが戦後史であり、日本のポップ、ロック音楽の産みの母体です。やっと僕は自分史と音楽史を重ね合わせて定本を、いや底本を創ることができました。”
(牧村憲一)

牧村憲一は、大滝詠一、細野晴臣、シュガー・ベイブ、山下達郎、大貫妙子、竹内まりや、加藤和彦、坂本龍一、そしてフリッパーズ・ギターと出会った伝説の音楽プロデューサー。その牧村が「坂と川と谷の街」である渋谷で生まれ暮らし、巡り合った音楽たち、スタッフとして参加した伝説的プロジェクト、幾多のミュージシャンとの交流やエピソードを加えて、その50年をすべて語り下ろす!

さらにサザンオールスターズ「KAMAKURA」、桑田佳祐「Keisuke Kuwata」、布袋寅泰「GUITARHYHM」シリーズなどで知られる音楽プロデューサー・藤井丈司が「夏なんです」「DOWN TOWN」「RIDE ON TIME」「恋とマシンガン」「ぼくらが旅に出る理由」「point of view point」に流れる都市型ポップスの系譜を楽譜を元に徹底解析。それをまとめるのは「ヒットの崩壊」「初音ミクはなぜ世界を変えたのか?」で知られる、気鋭の音楽ジャーナリスト・柴那典。ジェネレーションの異なる3人が集結し、現在進行形で変わりつつある「2017年の渋谷」を舞台に語り尽くす。

なぜ、渋谷という街が日本の都市型ポップスの一大潮流を生み出す拠点となったのか――。その街が持つ“磁場”を、歴史、人、音楽、そしてファッションから解き明かす。これぞ日本のポップス一大絵巻! ! !

【もくじ】

第1章 公園通り

1.公園通りと「パルコ文化」の誕生

それは一つの出会いから始まった
東京オリンピックが変えた渋谷の街/二人の鉄道王の因縁の戦い
坂道の先には、かつて米軍施設があった/新宿文化の爛熟
六九年、新宿から渋谷へ/ジァン・ジァンと「公園通り」の誕生
東京山手教会とサン・ジェルマン・デ・プレ
堤清二の都市文化戦略/街を劇場にした増田通二の野望

2.渋谷生まれの音楽プロデューサー

渋谷生まれ、渋谷育ち/映画三昧の幼少期
グリークラブが生んだ音楽業界の立役者たち
小室等と六文銭との出会い/フォークがメジャー化していく時代
フォークジャンボリーの伝説/『人間なんて』と『風街ろまん』
ユイ音楽工房へ/六文銭から始まるポップスの系譜
CMソングの世界へ/「サイダー’73」誕生
もう一つの拠点、桑沢デザイン研究所

第2章 道玄坂

1.日本のロックとポップスを育てた二つの拠点

BYGとヤマハが用意した七〇年代の出会い/道玄坂の栄枯盛衰
新宿ピットインから渋谷BYGへ/はっぴいえんどと風都市と道玄坂
桜丘町とニューミュージック・マガジン/はちみつぱいの誕生
『都市音楽』の証言/ひとつの時代の終わり
「ヤマハ中興の祖」川上源一が見た音楽の夢

2.シュガー・ベイブ、山下達郎、大貫妙子

山下達郎との出会い/シュガー・ベイブ、誕生
偶然と必然が山下達郎と大滝詠一を結びつけた
ナイアガラ・トライアングル/一五秒の世界から三分の世界へ
『SONGS』誕生/荒井由実という「時代の突破口」
アワハウスの設立/シュガー・ベイブの解散
『グレイ・スカイズ』と『サーカス・タウン』
坂本龍一と大貫妙子の出会い

第3章 宮益坂

1.ポップスの担い手を育てた坂の上の学校

『サーカス・タウン』完成/古い血と新しい血
「青い森」と忌野清志郎と井上陽水
青山学院大学が生んだ職業作家たち
ブルーマウンテンボーイズと細野晴臣/ムッシュかまやつの好奇心
サザンオールスターズからピチカート・ファイヴ、オリジナル・ラブへ

2.七〇年代から八〇年代への橋渡し

七九年の地殻変動/一人のスターが時代を変える
竹内まりやと加藤和彦/『ポパイ』と西海岸ブーム
プロデューサーの矜持/大貫妙子の「ヨーロッパ路線」

第4章 原宿

1.音楽と広告とファッションの蜜月関係

原宿セントラルアパートへ/そこはクリエイターたちのサロンだった
ワシントンハイツが生んだ磁場/原宿がファッションの街となるまで
原宿とパルコ文化とセゾン文化

2.八〇年代の爛熟、そして狂騒の終わり

広告文化への接近/「い・け・な・いルージュマジック」ができるまで
本気の遊び心が時代の潮流を生んだ/八三年の疲弊感
MIDIレコードとノン・スタンダード/原宿の「解体」
ニュー・ミュージックのお葬式

第5章 渋谷系へ

1.新たなる都市型ポップスの奔流

渋谷の地下水脈/八九年という時代の変わり目
源流となった「ラフ・トレード友の会」/青山学院大学と『英国音楽』
八七年の出会い/パイドパイパーハウスとピチカート・ファイヴ
カジヒデキとゼスト/アフター・パンクのロリポップ・ソニック

2.フリッパーズ・ギターがいた時代

ロリポップ・ソニックとの出会い/初のデモレコーディング
フリッパーズ・ギター始動/最初に気付いたのは六本木WAVEだった
信藤三雄のアートワーク/交通事故から二人組に
渋谷クアトロでの初ライブ/『カメラ・トーク』でロンドンへ
「恋とマシンガン」の成果/ダブルノックアウトコーポレーション
日英同時進行のコンピ盤/出口の見えなかった『ヘッド博士の世界塔』
幻となった四枚目のアルバム/解散とその後/再始動
トラットリアの遊び心/重なり合う都市型ポップスの系譜

第6章 楽曲解析

なぜ楽曲解析が必要なのか/ポップスを作る七つの要素
メジャーセブンスの衝撃/選曲について

1.はっぴいえんど「夏なんです」

コードとメロディーが生み出す浮遊感/サウンドと歌の刷新
ドラッグ文化を幻想に転換する/インサイドノートとアウトサイドノート
隠された転調/アメリカの向こう側にあるフランス

2.シュガー・ベイブ「DOWN TOWN」

先駆者としてのブレッド&バター/シンコペーションが疾走感を生む
ヴォーカリスト山下達郎の力量/「DOWN TOWN」と「上を向いて歩こう」
「うきうき」という言葉

3.山下達郎「RIDE ON TIME」

ディスコの時代/レイ・ブラッドベリの影響
大滝詠一「君は天然色」/八〇年代の爛熟

4.フリッパーズ・ギター「恋とマシンガン」

パンクとスウィング・ジャズと映画音楽
ハーフヴォイスとノンビブラート/ネオアコの手法
ポストモダン文学/はっぴいえんどとフリッパーズ・ギター

5.小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」

ヒップホップの影響/ラテン音楽の鍵「クラーベ」
ラテンとNYと東京/一小節のループ
サビのメロディーに潜むトゥンバオ/歌い方の「泣き」と「濡れ」

6.コーネリアス「POINT OF VIEW POINT」

三次元的な空間を指し示す言葉/転機となった『FANTASMA』
プロ・トゥールズ以降の断絶/音楽の円環
都市型ポップスの系譜学

第7章 二一世紀

インターネットとプロ・トゥールズ以降
横になった構造と“親殺し”の不在/ベッドルームと街の文化
星野源と一〇年代インディー・シーン/二〇二七年の渋谷

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