伊那毎日新聞、休刊、解散

読売新聞の記事より、ついぞその紙面を見る機会の無かった長野県伊那市のウルトラローカル新聞「伊那毎日新聞」が今月末をもって休刊、9月末に解散を決めるのだそうです。 サイトの「記者室」にも「全力疾走」と題して触れられています(というか公式発表は無いみたいですね)。

追記:昨日付で(日経のサーバですが)KOAよりPDFが公開されていました。

 1955年2月、抵抗器製造販売会社「KOA」(伊那市)創業者で元衆院、参院議員の故向山一人氏らが創刊。月曜日を除く毎日、タブロイド判の朝刊を約1万部発行し、伊那、駒ヶ根両市の市政や街の話題などを報じてきた。

信濃毎日新聞の記事から会社説明をもちっと引用しますと、

同紙は1955(昭和30)年、KOA創業者で元衆院議員、参院議員の故向山一人氏が中心となって伊那市で創刊した。現在、タブロイド判の日刊紙(月曜休刊)を発行。発行部数は1万部弱としている。資本金は8000万円で、KOAが発行済み株式の8割を保有している。従業員は取締役らを除き14人。伊那市に本社、駒ケ根市に支局がある。

どっかで表紙だけは見たことあるんですよね。 なんだろう?って思って「伊那毎日新聞」って書いてあるのを確認しただけで、そういう新聞があるんだなぁって思った程度。 こういうタブロイドって結構あるんで、その中の一つなんだろうなぁという認識だったんですが、こっちはちゃんとした新聞だったんですよね。 でも見かけた事が無いんですよね、飲食店とかでも。 1万部ってそういうもんなのかなぁ。

 同社によると、今年3月期決算で、売上高は1億6800万円で、330万円の赤字だった。同社は「部数は減っていないが、広告収入が減り、親会社(KOA)への債務の返済が難しい。黒字に転じる見込みもない」と説明している。

変な話、サイトがあれば紙面なんて見ないし、まさか購読なんかもしないしっていうのが私の考えで、でも本紙が無くなれば当然サイトも無くなるんだよねぇって考えるとぞっとします。 サイトだって信じられないようなアクセス数があったらしいので、そっち方面の広告も見込めるんでしょうけれども、それでも本紙のそれにはかなわないんだろうなぁ。 ネットで広告でっていうのはローカルでは絶望的に難しいんだろうねぇ(取り組み方にもよりけりだろうけど)。

でも「黒字に転じる見込みもない」っていうのは随分とばっさりした説明だよね。 もう何も言えないじゃんって(笑)。 記者さんたちの今後はどうなるんだろう。 そういうのも知りたいなぁ。

コメント / トラックバック 6 件

  1. ADDR より:

    今は北海道に住んでいる者ですが、伊那毎の廃刊を1ヶ月遅れで知ってぐぐってたどり着きました。一時某紙対策を目的に信毎が業務でてこ入れに入ったことがあったとかつて聞いたこともありましたが、ジリ貧を打開できる展望が見出せなかったということでしょうか….。

    広大な辺境の地北海道にも各地に群小ローカル紙がございますが、一様に「経営者の我慢比べ大会」状態的状況のようです。業界関係の知り合いにいわせれば「じわじわだらだらと続く右肩下がりに心理的に耐え切れなくなった会社から脱落していく」感じとのこと。

    そして、大株主などのスポンサーに「潮時だろう」と見切られる(伊那毎はこのケースのようですね)とか、オーナー社長の高齢による引退(2004年休刊の諏訪毎夕はこっちと聞きました)とかがトリガーとなって姿を消すのだそうです。

    伊那毎のサイトを見たら入社4年目の記者の方もいらっしゃるとか。記者稼業はけっこう流動性が高い世界らしく、当地で私が面識ある北海道新聞の記者さんもほとんど転職組。たぶん伊那毎のかたがたも他紙に流れたり業界紙に移ったりされることと思います。

  2. admin より:

    うん、非常に考えさせられるお話です。

    しかし、であれば今、若しくは今後、紙媒体としての報道は必要なのか、という根源的な問題を孕むようにも思い、その上で憂慮するのは、そのとき「記者」たる者の存在は成立するのだろうか、という点を考慮したく思うんです。

    記者ていうのは今現在、ツブしの効く職業なのかなぁ。

  3. ADDR より:

    外から見るイメージに比べるとけっこう出入りの激しい業界だそうで、居住地や賃金などの待遇にこだわらなければどこかにはたどり着けるようです….こだわらなければ。

    ただ、記者という職業については、まさに私も同じことを考えていました。

    もともと人には何らかの「他人に何かを伝えたい」という、コミュニケーションの欲求を持っていると思います。ただこれまでは、ほかに大量伝達手段がなかったから、媒体企業の従業員だったり、媒体に原稿とかのコンテンツを売ってその欲求を肩代わりすることで生活の糧とする「職業記者」が成立できたのだと思います。

    インターネットの台頭からはや10年あまり。新聞にしろテレビにしろ雑誌にしろ、「ネットとは違うプロ故の“信頼感”」とかとまだ言っているようですが、人間という生き物が「媒体」に求めるものの一番の根源は、真実かどうかとか言う以前に、きわめて原始的な「自由にコミュニケーションしたい!」という欲が満たされるかどうかというところではないかと思います。

    有史以来、いろんな職業が一世を風靡しては消え去っていきました。既存メディアが人間の原始的コミュニケーション欲のパワーを侮っているようでは、記者という職業も、いまのように「専業で生活の糧を得られる」という形では、たぶん残らないだろうな….と思います。

  4. admin より:

    ADDRさん(すげぇカッコいいハンドルネーム!)の仰る通りだと思います。 共感して拝読しました。

    『「専業で生活の糧を得られる」という形では、たぶん残らないだろう』というご指摘は的を射ているように感じます。 そこには恐らく記者あるいは報道者としての力量が問われている証左とも受け取れそうです。 且つ、力量を満たしたところで、次に営業力を含めたトータル的なアグレッシブさが備わっていないと難しいとは思いますので、インターネットで個人が自由にブログ等で発信できる昨今、本業(専業)の方は大変なのかな、と思うところ。

    私は記者という存在がペンを取る結果を誇らしい業務内容だと尊敬している部分が多いんです。 そして、その結果たる「記事」が報道機関という後ろ盾を得て、より信用性の高いものと昇華するプロセスをも尊敬するところが実感でもあります。 現況はさておいて原理として。

    ただしかし、そこには記事の内容・・・記者の力量・・・が先ずは信頼感をたらしめる全てだと感じてますので、それを無視して報道機関としてのステータスを最前面に押し出すような報道のありかたには疑問を持っています。

  5. ADDR より:

    私も新聞記者さんとかの知り合いが少なくないので、ジャーナリズム、そして表現者としての記者という仕事の意義はあると思っています…昔は大変あこがれてましたし(笑)

    ただしそれが「職業」として成り立つには、商業的に収益を上げられる「メディア」が存在しなくてはなりません。いいかえれば、これまでのメディアは、ジャーナリストなどの表現者が、自らのコミュニケーション欲に基づき専業で糧を得るための仕掛けでもあったということでしょう。

    そして現在、既存メディアの収益モデルが行き詰まりつつある一方、新しく登場したネット社会では、既存メディアに比べ格段に一般人が参加しやすいために、メディア企業がこれまで同様のモデルを構築することは困難です。なので、これからの「ジャーナリズム」をはじめとする表現活動は、専業者でない人々が関わる形で展開するのが主流になるのではないかと思っています。

    つまり、既存メディアが崩壊しても、ジャーナリズムやそのほかの表現活動そのものがなくなることはなく、ただ表現者の形が、これまで常識だと思っていた(=専業のプロが携わる)形ではなくなるだけで、仰せの個人ブログなどによるものに移行していくのではないでしょうか。特にジャーナリズムは本来、アマチュアイズムから出発している気もしますし。

    ただ、既存メディアの(特に記者などメディアの“上半身”にいる)人たちが、「メディアは専業者が糧を得る仕掛けに過ぎない」という事実を忘れ、「プロのわしらでジャーナリズムが成り立っとるんじゃ」と勘違いし続ける限り、その移行の速度は速まるだけでしょう….いつぞや、上司と電話でやりとりしたあと、「こんなことをやってるからマスコミが世間に見切られていくんだよ」と憤慨してた某大手メディアの記者さんの姿が忘れられません。

  6. ADDR より:

    連続投稿申し訳ありません。
    コメントをお送りしたらあまりの長さに驚き….すみません。

    お送りしたあとふと思ったのですが、ジャーナリズムが非専業者主流に移行して、メディア企業による「信頼」の担保がなくなっても、その分受け手側が情報をより注意深く吟味することで補完されるのではないでしょうか。

    すでに既存メディアに対する人々の姿勢もそうなりつつありますし、かの「2ちゃんねる」主宰者の「ひろゆき」氏が語ったという「ウソをウソと見抜けないと掲示板を使うのは難しい」という言葉がそれを物語っているように思います。

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