「実録・連合赤軍」をテアトル新宿まで観に行った
昨日、新宿のテアトルに行って観ました。
「あさま山荘」に至る道は、どこにあったのか?
包囲された山荘のなかで、何が起きたのか?
若松孝二は“あの時代”を、どう描くのか……。
様々な意味でも期待した上で望み、観たのではりますけれども、先ず、3時間一寸の長丁場を経て感じたのは、映画としては見るべき部分が少ない...いや、存在しない...というもの。 自分自身の中で「久しぶりに観る若松孝二作品」という虚像を作り上げていたようです。 映画というものを芸術性を保った映像作品として捉える場合、この映画から得るものは無いと感じました。 それこそ手法なりがレトロと申しますか、昔の若松孝二作品的であった事に対する既視感と言えば都合がつくのでしょうけれども、今この2008年においてはさほど通用するとは思えなかったんです。
ですので、相当に緊迫するであろうクライマックスの銃撃シーンで迂闊にも私は数秒程寝てしまったんです。 あんなに音がうるさい状況なのに、気持ちの中にだらけたものがあったようで...。
ただ、これまでに制作された連合赤軍についての映画の中では、最も観賞するに値するものだという認識にブレがありませんでした。 なんかもう、権力側の視点で作られた某映画なんて(別の意味で)大したものだと思いましたし、エログロスプラッター化してしまった某映画なんて論外だし、残る一つは...一寸評価にしようがないけれども、演技というものについて視線をずらしてみると、永田洋子という人物を演じる場合、何か神懸かり的なものがあるのだろうか。 裕木奈江であり、並木愛枝にしかり。 ですがしかし、映画全体に関しては比較論なので、この作品が突出していた事を示すものではないのが残念。
映画というカテゴリーに迷わされず、「若松孝二の映像」と考えれば、これ程興味深い作品は無く、なんだかんだと3時間以上も観ていられたのはこの一点に尽きます。 ですので、つまらなかったという訳じゃないんです。 このへん、一般的には微妙かも知れないけど。
だからあれこれ賞を獲ったそうではあるけれど、今一つそれらがピンと来ないところでもあります。
まさか連合赤軍について知らない人がいきなりこの映画を観る事はないでしょうからアレだけど、「実録」っていうか真実に迫るような勢いで作品は作られていますし、長丁場ではありますがテンポ良くガンガン進んでいくので、気が付くとさらぎ徳二が居なくなり塩見孝也が居なくなり、重信房子が居なくなり、連合(統一)赤軍が結成されたと思ったら、「居なくなり度」が加速していくストーリーでありますから、相当にあれこれと事前知識を得ておかないとすぐにおいてけぼりになってしまいます。
公式ガイドブックは読んでおいた方がいいです。
それはさておき、最初このエントリーでは事件そのものについての感想をつらつら書いてみようと思っていたのですけれども、まぁこのブログはいきあたりばったりに書くんで予定もへったくれもないのですけれども、けれどもけれども、事件そのもののドキュメンタリじゃないので書かない事にしました。 それよりも、事件について描いた作品について書いた方がいいんじゃないかな、と書きながら思った次第なれど、これもこのブログの書き手側の特徴なんだけど書いている途中でも「読み返さない」んで、どういう風に書き進めたかわかんない、っていうかわからないようにしている(タイプしてしまうと単なる記号になって面白くも何ともない)。
んで、昨日のテアトルの模様など。
えっと11時半からの上映に間に合うよう、20分位前にテアトルに着いたんです。 そしたらこれから当日券を買おうっていう人が並んじゃっていて、階段を上りきったあたりまで人の列があるんです。 後で知ったところ、全席指定なんですね。 しょうがないんで列に加わったのですが、そしたらそしたでそこそこのスピードで流れていき、すぐに入場できました。
そこからが問題。 もっと早くに並んで、入場すればよかった。
というのも、本編の始まる前に予告編、さらにその前の客入れの最中にスクリーンでは、当時の安保闘争(とか)の貴重なフィルムが流れていたんですよ。 え?貴重でしょ?貴重だよね?まぁ貴重だっていう事にして、しかも殆どのロールに音声が付いていて、正直本編よりも興味深かったっていう。
当日券を買って席を決めている途中で音が鳴りだしたんで、多分殆ど全部観たとは思うけど、あれは何ともまぁ、素敵なお土産でしたよ。





