からす組
吹雪もよいの慶応4年1月。伊達62万石の国境を、密かに下男姿に身をやつして越えた侍があった。下番士50石取り細谷十太夫、日頃は侠客と交わり、酒と女と博打に明け暮れては、風狂を任じていたが、この日、御奉行衆に呼ばれ、刻々と迫る官軍北上の噂、それへの近隣諸藩の対応の探索方を直々に依頼されたのだ。藩の命運は一人の男に託された。敗者の側から激動の時代を照射する子母沢幕末文学の白眉。
慶応4年5月。奥羽越同盟成立。官軍に対する東北の反攻かと見えたが、白河の攻防でもろくも後退。業を煮やした細谷十太夫は上士頼むに足らずと隠密探索方を辞め、旧友の博徒を糾合、女郎屋を本陣に一隊を結成した。正式には衝撃隊。しかし全員黒装束、軍旗も黒から巷間「からす組」と呼ばれ、その破天荒な闘いぶりは早くも敵味方を驚嘆させ始めた。幕末に咲いた最後の士と侠客たちの反骨反権力一代記完結篇。
最近読んでいる時代物は、旧幕府側のものが多いのですけれども、そればかりではなくて前は維新派のも読んでいたんです。 そうじゃないと偏っちゃうような気がして。
それでもどちらかと言えば旧幕府モノを多く読むのは、作者が好みだからでありまして、子母沢寛ともなればどうしたって...。
幕府モノともなると、結末は或る程度悲惨ともうしますか、ハッピーエンドには終わらない若しくは終わらないような雰囲気のまま終わる宿命ではあります。
しかも衝撃隊、細谷十太夫ともなるとマイナーすぎてどうかというのもありながら、実在するのでありまして、それが毎度の「子母沢節」で小気味よく書かれているものですのですいすい読めてしまいました。
幕府の手先として戦い、維新後は用済みとして捨てられてしまう非情さも、ただただ悲劇として書かれるのではなく、小気味よい文体と主人公達の振るまいによって幾分かは救われます。
私がこれを読んでいた時、アカネが勝手に「つばめ組」なるものを家中で結成し、飼っている犬猫を取り込んでしまったものですから、一人取り残されたかたちの私はどうしても「からす組」であるより他無かった訳ですけれども、エントリー書けば「つばめ組」に入れてあげるよとのアカネの話なので、これでやっとこさ「つばめ組」に加入であります。
メリットが感じられないのではありますけれども。




