主体あり報道写真
未曾有の豪雨だったらしい伊那市近辺では、ニュースソースがケーブルテレビでしかなかった原因を、インターネットでは役場のそれ以外「役に立たなかった」とか、最悪の場合「報じられなかった」とか、後日談として「後日談として片付けられた」とか、余りある課題を残しもし、以下省略なのではあります。
が、伊那毎日新聞のこのエントリーにはどうしようもなく腹を抱えて笑ってしまい、その底力に驚嘆したところです。 恐るべしは伊那毎日新聞!
昔、東京時代、写真の師匠が「瞬間的に判別出来る写真は公に報じられて然る」というのを、私は誤って「公に報じられて然るべき、瞬間的に誤解されやすい写真を」写す事なのかと勘違いしておりましたが、これは詰まり、主体の喪失であります。 公に報じられるべき写真が瞬間的に誤解されそうなんだもんこの場合。
キャプションも無くアングルも意味不明の写真に対して、端的な文章報道。 私はこの新聞をインターネットだけでアクセスしてて良かったな、と思うんだが、関係者諸氏はどう思うのか知りたいなぁ。
少なくともアングルの喪失された写真というのはその事象よりも根底に、観ている側の心象に対して闇雲に響く、主体の損なわれた「喪失のみ」の隙間に入り込む抽象的な非現実でありますが、その実写真は具現例である、この矛盾は普段語られませんのね。
つか、ジェットコースターとか嫌いな人はこの写真を見るとのけ反るんじゃないかと思いまして。





