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大島渚1968

delicious はてな この記事をクリップ! | 2005年09月14日13:47 | 編集

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世界のオーシマはこうして生まれた-。松竹を出て独立プロ設立から反体制運動が最高潮を迎えた1968年、カンヌ映画祭に乗り込むまで、日本・世界が最も熱かった時代を背景に、各テーマや個々の技法を自ら詳細に語る。

 大島渚監督が「世界のオーシマ」なのかどうかは全く興味が持てませんが、この「1968年」という年が大島渚さんにとって如何に重要であったか、或いは観客にとってどれほどの重みを持っているか、という事であります。

と思ったら、「大島渚1960」という書籍が出ていたんですね。 1993年に同じく青土社から。 ぎゃふん。 創造社以前の事については荒井 富雄さん著の「松竹大船大島組?プロデューサー奮戦記」もありまして、さらっと読んだ事があるのですが、今一つ読み通そうとは思わなかったです。

大島渚さんの1968年前後というのは本当に衝撃的な作品を作った事で知られており、封切り年で見てみると



1967年
日本春歌考
無理心中日本の夏

1968年
絞死刑
帰ってきたヨッパライ

1969年
新宿泥棒日記

1971年
儀式

なんていうところが私は好きで(或いは幾つかを観ていないので「興味が有り観たくて」)あるところです。 これは1968年だけではなく、松竹退社後創造社を立ち上げるあたりからの事を監督自らが語るという、何とも言えない香ばしい書籍。

何が良い、何が悪いという極端な事は申さずに、私はこの書籍を読み通し、案外大島監督は行き当たりばったりで物事を進めていく「妙な度胸」があるのだと感じました。 であるので作品によってはその中で猛烈にテンションが高かったり、かと思えばテンションの緩み切った評価にすら値しないシーンがあったりと、その揺れ幅が激しい所以はここにあるのだな、と。

「何が良い、何が悪い」と言えないのは、こういう訳で揺れ幅が激しい為に片方を語るともう片方も必然として語らなければならない面倒臭さがある為です。 例えば「御法度」という作品で言えば、主人公の配役は幾ら何でも大失敗であると言え、素人を起用して云々という手法は分かりやすいほどに崩壊している様が見えるのですが、だからこの作品は駄作なのだとも言えず、それではどの辺が良いのかと訊かれれば「それ以外」と申し上げなくてはならないのですけれども、それが直接的に主人公の批判には成り得ず、あくまでも主人公以外の部分の高い評価が別物・別次元であり、それが1つの作品の中に全く両者相容れず存在している暴力的な存在理由をこそ大島作品の存在理由として見なければなりません。

詰まり、主人公というタームの裏側に「それ以外」があるのではなく、両者は独立している、という訳です。 話す順番を考えると必ずどちらかを先に言わなければならないのですけれど、そうではなく、両者を同時に言わなければ通じないのです。

しかしながら現実問題としてこれは不可能なので難しい。


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