Anthology: Soundtracks 1978-1993
Irmin Schmidtという人はドイツのロック(ジャーマン・ロック)バンドであったCANのメンバーでキーボード奏者であった方ですが、元がクラシック畑で指揮とかもしていたらしく、そしてCAN自体が非ロック出身者の集まりであった事もありまして、全くマトモではない音を提示しやがります...しやがり「ましていた(ダメ日本語)」。
そもそもの固定観念として結実するところが「ロック」であり「バンド」であるとするならば、リスナーは当然の報いとして簡潔な答えを用意するに違い無いでしょう。 あぁ、ロックをやっているのか、あぁ、バンドなのか、と。
それこそが言わば「当然の報い」でありまして、そのベクトルはそれを期待していたCANに向けられます。 何故ならば彼らはロックを目指していたのですから。 そしてその出身畑が非ロックである背景を或る意味での強みとして開き直っていた面はその作風に現れる所ですけれども、注目に値するのが、Irmin Schmidtさんと同等に中心的バンド内プロデュース役を担ったHolger Czukay(私がもしかしたら世界で一番好きなベーシストであり、且つ一番非ベーシストできなアーティスト)さんの初期作品(但しミュージック・コンクレート)をSpoonレーベルでリリースしているにも関わらず、肝心のSpoonレーベル実質的オーナーのイルミンさんが自らの初期作品をリリースしない所、と言えばドラマかも知れませんが、要は音源として残すものを録ったか否かの範疇の狭義ではありますから、取り敢えずこの無茶なサウンドトラック集(3枚組!)を以て語るところです。
今聴き直すと、これで「邦楽CD1枚分」の値段なのであれば絶対にマスト・アイテムかと言えましょう。 ここ数日聴き続けておりますが、イルミンさんの懐の深さは、大昔で言えば器用貧乏で、一寸前のジャーマンロック・ブームで言えば理解されなくて、現在では矢張り器用貧乏に帰結してしまうその不遇さを私なんて(大好きですから)大爆笑して放置してしまいます。
兎に角このIrmin Schmidtさんの作風(芸風)は幅が広く、例えばこんなアンソロジーでそのキャリアなり趣を語るのは不可能です。 語り尽くせません。
だからこそ器用貧乏なのかも。
このアンソロジーは氏の作によるサントラ集なんだそう。 それを前提にじっくり聴き直してみると、器用貧乏だなんだと書いた印象が、ジャーマンロック独特の非ロック的アプローチ後に痛感するところの「ぺんぺん草も生えないような」バツの悪さと共に、新しい音楽の可能性がここで発芽して「いた」のではないかと、錯覚に近い現実を目の当たりに為ざるを得ないルサンチマンさながらな落とし所にハマった自身に失笑し、それを感じない向きなのであれば、きちんを聴いて評価して欲しいと願う私がここにおったりではあります。





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