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「音楽はジャケットも含めて作品」――音楽ダウンロード販売の問題点とは

delicious はてな この記事をクリップ! | 2004年04月14日20:27 | 編集

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取り敢えず私は本文にあるような

「ジャケットなども含めて作品だと思っているのであまり興味がない(38歳/自由業)」

と同意見です。 勿論ダウンロード購入を行った事はありますけれども、全然有名じゃないところからなので一概に私がダウンロード購入した経験を語ってこの話に筋道を付けようとは思いませんし、その価格が所謂「言い値」だったんで全然話は脱線しますからさておいて。

とは言え、ダウンロード購入自体を否定しません。 こういう販売経路も全くアリだと思います。 それでも良いなら買えば良いのであります。 しかしながら一寸お話させて貰えば、例えば1曲100円だとしてそれを購入し、果たして決済の時に「あ〜これか、これは買って良かったな!」と思えるのだろうか、という話です。 なんか私なんて購入した事すら忘れそうです。 また、何曲も何曲も購入した場合、清算管理が出来るかという問題も孕みます(苦笑)。

音楽と言うものはそれ自体に物質的な感触を伴いません。 耳で聴く音楽、或いは目で観る映像は非常に感覚的なものでありまして、言い換えればそれらは頭の中で感ずるところをストレートに又は再構築したにせよ、手に取る事は出来ない訳であります。 無論、評価を論じてみたり、背景を解説したところで矢張り伝えた側に物質的な欲求を満たす事は出来ません。 ここでもし満たされるものがあるとするならば、それは先の論や解説という文章レベルでしかありません。 更に言えば、ジャケットをパソコン上の画像として見たとしても、それは物質的なものでは無く、且つ、それをプリンターで出力したとしても、どこか足りない。

しかしながらそれらが欠如したにせよ、作品自体...ここでは楽曲...の存在価値は依然としてあり得るのではあります。

ジャケット等を含めた上での総合的な作品性を語るとすれば、もしかしたら私は前言を翻してしまうかも知れませんけれども屈せずに今の思いを吐露するなら、一つにジャケット等のアートワーク的なアプローチや、或いは又レビュー等(それにはクレジットも含めなければならないでしょう)の文章的なアプローチは、その楽曲(群)の理解を更に深めるところで有効です。 一つに楽曲からではなく、それが持つジャケットやはたまた文面から先に経験し、後追い的に楽曲(群)を理解する面でも有効であります。

ですのでジャケット等は本質たる楽曲(群)を補足するだけの存在では無いところにアプローチの引き出しを多く持ち、作品の評価を高める部分が大きい旨を私は強く言いたいところです。

さて、CCCDですが、私はCCCDをCDだとは思っておらず、現実的にはその物質性に於いて同等なのではありますが、その物質面を捉えてCDとCDではない不気味な二極を曖昧にする売り方が非常に厭むところでもあり、実際にCCCDでもパソコンでエンコード出来る事実を以てしてもCCCDの存在意義を今や販売元はどのように総括しているのか甚だ疑問とします。

私がCCCDをCDと思わないのは、強引な解釈かも知れませんがビニール(ヴィニール)とカセットテープ程の差として同義です。 私は思いますに、何故CCCDを出すのであれば、CCCDを普及せんとするべくCDとの差別化をコピーコントロール以外に見出さなかったのか、です。 強引な解釈を更に推し進めるならば、「CCCDでは1曲ボーナストラック入ってます〜♪」的な販売方法を何故採らずにCCCD一本槍で行ってきたのか、という事です。 そして昨今では逆輸入盤そして輸入盤販売のそれでありますと、何とも稚拙で狭い視野での楽曲供給システムなのであろうかと哀しくなってしまいます。

話は戻りまして、楽曲(群)の物質的な補完あるいはその逆説的展開のそれでありますが、物質的な面を無視した上での情報的な満足感を得るのであれば、ジャケットは画像フォーマットでよろしかろうし、レビューやクレジット等はテキストフォーマットとしてパソコン上で得られれば良いでしょう。 それでも実現され得れば情報面での補充を確固たらしめる重要なテーゼだと言わざるを得ませんし、私はこれを、情報を知りたい人がインターネット上に煌めく情報を、欲求のままに探し出し掴み取るRPG的な発展的探求心の結実として認める部分が少なからずあり、反面、パソコン的な単語でいう「デフォルト」的な情報がその作品にそと寄り添って存在されれば、それに代えるだけの物は購入時点そして試聴時には全く無いと思ってます。 取り敢えず聴きながらあれこれ情報を探せば良いんだけど、その前に兎に角「聴け!」みたいな感じかな。

それが「ジャケット等を含めた作品」から「ジャケット等」だけを抜き出した物質的な欲求の具現だと私は主張するのであります。

ならば、そこにはまた物質的な「作品の核」たる存在が無ければならないでしょう。 それが物質的なCDなのでありまして、私はこれを重要視しつつ、ジャケットやテキスト等のアートワークを更に踏まえた総合的な「作品」然だと捉えるのであります。

ビニールの頃には「匂い」っていうテーゼが存在していたんだけど、今ではジャケットが小さくなったからその「匂い」も嗅ぎ辛くなったし、

あれ...匂い無いじゃん! なんだよこの輸入盤!

みたいなものもあり、妙なところで憤る私なのではありますけれども、こういう嗅覚的な部分も勿論「総合性」の一環なのではありました。 なんかね、「輸入盤だ〜♪」みたいな喜びがあったんですよね、昔は。

追記:あれってインクの匂いなの?




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