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Strange Days

delicious はてな この記事をクリップ! | 2004年03月20日21:47 | 編集

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今聴けばとてもポップに「聴」こえしも、サウンドが古いのでオールディーズに「聴」こえしも、それは全く以てドアーズを「聴」いていない事実を言い表すところです。

ドアーズのボーカルが類い稀なる詩人である事は、ドアーズのCDの歌詞カードを読んだり、氏の詩集を読むなりして感じ取る上で有効なのでしょう。 であれば、氏が詩人として有名であれば済むだけであり、ドアーズは「二の次」だと言えないのではないでしょうか?

ジム・モリスンさんはドアーズのボーカルであり、詩人であり、「ドアーズの歌詞を書く人」で先ずはありました。 ドアーズを聴く場合、こういう順番で捉えないといけません。 何故ならば、ドアーズを聴いているのかどうなのか不明になるからです。

ジム・モリソンの詩を読みたければ、彼の紙媒体として詩集を読むべきです。

そんな前提を踏まえて現在ドアーズを聴けば、とてもダウナーである事を痛感します。 いくらジム・モリソンが叫べども、ダウナー故の突破感でしかなく、或いは又それが真実だったかどうかはわかりませんが、この閉鎖感はまるで、サイケデリックの臨界点と言い表すに十分だとは言えまいか。

これは内省的云々で語るのが妥当乍も、再度自己点検の上で再評価されるべきであり、その上で語られるべき新しい発見を見出さなければならない希有なサンプルかと思われます。

だからこそドアーズ(ジム・モリソンに非)は「When Music is Over」と示したのでありましょうか?




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